大判例

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横浜地方裁判所 昭和60年(レ)33号 判決 1986年5月21日

控訴人

荒木清

右訴訟代理人弁護士

小原栄

被控訴人

横浜市

右代表者市長

細郷道一

右訴訟代理人弁護士

横山秀雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり、訂正、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

(訂正、付加)

原判決二丁目裏一〇行目「あつた」の後に「ので、同五六年二月三日、控訴人に対し、条例二四条の二の規定に基づき高額所得者と認定した旨の通知をし、そのころこれが控訴人に到達した。その後、被控訴人は控訴人に対し、高額所得者に対する明渡請求制度を説明した資料を送付し、日本住宅公団住宅、神奈川県住宅供給公社住宅、横浜市住宅供給公社住宅の優先枠の斡旋、住宅金融公庫個人住宅建設資金借入れの斡旋等控訴人の本件住宅の明渡しを容易ならしめるような便宜を計つたが、控訴人は本件住宅を明け渡そうとしなかつた」を加え、同末行冒頭から三丁目表二行目までの全部を「3被控訴人は控訴人に対し、法二一条の三及び条例二六条の二の規定に基づき、控訴人に対し高額所得者に該当することを理由に本件住宅の明渡しを求めることとし、昭和五七年三月二〇日控訴人に到達した内容証明郵便により、同年九月三〇日をもつて本件住宅の使用許可を取り消すので、同日限り同住宅を明け渡すよう請求した。」と改め、同九行目「一ケ月」を「一か月」と、同裏八行目「各」を「いずれも」とそれぞれ訂正し、六丁目表一行目の次に「(六)被控訴人は本件住宅の明渡しを求めているが、これを他の困窮している低額所得者に賃貸する意思はなく、過去の例をみても、明け渡された住宅は空屋として放置されたり、取り毀わされているのである。したがつて、被控訴人は控訴人に対し、法一条及び二一条の三を形式的な根拠として、それに名を借りて本件住宅の明渡しを求め、他のマンション建設のために国の補助金を得ようと企図するものに外ならない。」を加え、同裏一〇行目から七丁目表五行目までの全部を削る。

(当審における新たな証拠)<省略>

理由

一請求の原因1ないし4項記載の事実は、本件住宅の使用料が昭和五八年一二月一日から一か月一万四〇〇〇円に改定されたことを除き、当事者間に争いがない。

二被控訴人は、控訴人は法二一条の三、条例二六条の二に基づいて昭和五七年九月三〇日をもつて本件住宅の使用許可が取り消されたので、これが使用権原を有しない旨主張するので、判断する。

前記事実に加え、<証拠>を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

1  本件住宅は、法二条二及び三号所定の第一種の公営住宅であり、被控訴人においては、本件住宅を含む公営住宅(以下「市営住宅」という)の管理につき、法二五条一項に基づいて条例が、また、条例の施行に関し、条例三二条に基づいて横浜市営住宅条例施行規則(以下「規則」という)がそれぞれ制定されていること、

2  法は、国及び地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を建設し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものである(一条)ところ、法、政令、条例及び規則によれば、低額所得者として公営住宅(法二条二号)に入居するに当つての収入(政令一条三号)も法定されており(法一七条二号、政令五条)、被控訴人の賃貸する第一種公営住宅(法二条三号、以下「第一種市営住宅」又は「市営住宅」という)に昭和五七年八月一日以降の公募に基づいて入居する場合の入居者の収入月額(例えば、入居者が給与所得者の場合には、その年中の収入金額からいわゆる給与所得控除額を控除して得た金額から扶養家族一人につき二九万円を控除して得た金額を一二で除した額)は、八万七〇〇〇円を超え一四万一〇〇〇円以下であることを要し(政令五条一号)、当該市営住宅に引き続き三年以上入居している入居者について、その収入の月額が一四万一〇〇〇円を超えるとき(以下「収入超過者」という)は、当該住宅を明け渡すように努力するとともに、かかる入居者は、条例で定める割増賃料(例えば、第一種市営住宅の場合には、収入が一五万三〇〇〇円を超えて一七万八〇〇〇円以下の場合は〇・二、一七万八〇〇〇円を超える場合には〇・四を賃料の額に乗じて得た額)を付加して支払うことを要するものとされている(法二一条の二、政令六条の二、条例二四条、二五条、二六条)のみならず、被控訴人の長(以下「市長」という)は、市営住宅の入居者が当該市営住宅に引き続き五年以上入居している場合において最近二年間引き続き二二万六〇〇〇円(以下「高額収入基準額」という)を超える高額の収入のあるとき(以下「高額所得者」という)は、同入居者に対し、請求をする日の翌日から六か月を経過した以後の日を定めて当該市営住宅の明渡しを請求することができ、右請求を受けた入居者は、右期限が到来したときは、すみやかに、当該市営住宅を明け渡すことを要する(法二一条の三第一ないし第四項、政令第六条の三第一項、条例二四条の二、二六条の二第一ないし第三項)旨定められていること、しかし、法は、更に、事業主体の長は、右請求を受けた者が病気にかかつていることその他条例で定める事情がある場合において、その者から申出があつたときは、右期限を延長することができ(二一条の三第五項)、また、事業主体は、必要があると認めるときは、他の適当な住宅に入居することができるようにあつせんする等右入居者の入居している公営住宅の明渡しを容易にするように努めなければならない(二一条の四)旨定めているところ、条例では、右明渡し期限の延長事由として、「(1)入居者が疾病にかかつているとき。(2)入居者が災害により著しい損害を受けたとき。(3)その他前2号に準ずる特別の事情があるとき。」と定めている(二六条の三第一項)ほか、「市長は、前項各号の場合において、特に必要があると認めたときは、当該明渡しの請求を取り消すことができる。」と定めている(同条の三第二項)こと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実に加え、公営住宅の使用関係に照らせば、市長は、市営住宅の入居者が当該市営住宅に引き続き五年以上入居している場合において最近二年間引き続き高額収入基準(収入月額二二万六〇〇〇円)を超える高額所得者であるときは、同入居者に疾病その他特段の事情がない限り、同人に対し、法及び条例に基づいて、請求の日の翌日から六か月を経過した以後の日を定めて当該市営住宅の使用許可を取り消し、これが明渡しを請求することができるものと解するのが相当である。

控訴人は、昭和五六年当時既に本件住宅を引き続き五年以上使用しており、同五三年及び五四年と引き続き二年間収入月額が高額収入基準を超えていたので、被控訴人は控訴人に対し、同五六年二月三日、条例二四条の二に基づいて高額所得者と認定した旨を通知し、そのころこれが控訴人に送達され、その後、同五七年三月二〇日到達の書面により同年九月三〇日限り本件住宅の使用許可を取り消し、これが明渡しを請求したことは前記のとおりである。

そうすると、控訴人は被控訴人に対し、同五七年九月三〇日限り本件住宅を明け渡す義務を負うに至つたものと認めるのが相当である。

三控訴人は、公営住宅の使用関係は、基本的には私法上の賃貸関係であつて、その内容は、当事者の合意によつて決められるべきものであるから、高額所得者に対する公営住宅の明渡しに関する法及び条例の規定は、被控訴人の方針ないし内規にとどまり、これが控訴人をも拘束するものとすれば、それは借家法の強行規定に違反し無効である旨主張するので、判断する。

公営住宅の使用関係については、法及びこれに基づく条例が特別法として民法及び借家法に優先して適用されるところ、基本的には私人間の家屋賃貸借関係と異なるところがないから、その使用関係については法及び条例に特別の定めがない限り、原則として一般法である民法及び借家法の適用があるものと解される(最高裁判所昭和五七年(オ)第一〇一一号同五九年一二月一三日第一小法廷判決、民集三八巻一二号一四一一頁参照)ところ、高額所得者に対する公営住宅の明渡しに関する法及び条例の規定は法の目的を実現するために定められたものであることは前記のとおりであつて、公営住宅の使用関係を律し、借家法に優先して適用される特別法であることが明らかであるから、控訴人の前記主張は採用することができない。

四控訴人は、被控訴人が第一種市営住宅の高額収入基準を二二万六〇〇〇円とし、これを超える収入のある者を高額所得者としているが、右基準額は現在の社会経済状勢から高額な所得とはいえないので、同住宅の明渡し請求は許されない旨主張するが、同住宅に入居する場合の資格要件として、入居者の収入月額が八万七〇〇〇円を超え一四万一〇〇〇円以下でなければならないことは前記認定のとおりであり、このことだけからも、右高額収入基準が第一種市営住宅に継続して入居を許されるための高額な所得ではないとは断定し難いことが明らかであり、控訴人の右主張は採用することができない。

五控訴人は、被控訴人の本件住宅の明渡請求が許されない特段の事情がある旨主張するので、判断する。

<証拠>を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

1  控訴人は、大正五年一一月二〇日生れであつて、神奈川県水道企業団相模原浄水場に勤務し、妻と二人で本件住宅に居住しているが、収入の月額が高額収入基準を超えていること、

2  本件住宅は、六畳、四・五畳及び台所から成るいわゆるDKタイプの木造一戸建の家屋であり、同住宅の賃料は昭和五一年一二月一日から一か月六〇〇〇円であつた(条例一二条、規則一三条参照)が、控訴人は、条例に基づき、市長から収入超過者と認定されていたので、右賃料の額に割増賃料(六〇〇〇円に〇・三を乗じて得た一八〇〇円)を付加した七八〇〇円の賃料を支払つていたこと、

3  控訴人の収入が昭和五三年には高額収入基準を超えたので、市長は、同五六年二月三日、控訴人に対し、高額所得者と認定した旨の通知をし、同年三月ころから、被控訴人職員が控訴人と本件住宅の明渡しについての話合いを始め、転居先として、住宅公団の賃貸及び分譲住宅並びに神奈川県及び横浜市の各住宅供給公社の住宅の斡旋などをしたこと、本件住宅の近くにある住宅公団の賃貸住宅(空家)のうち本件住宅と同タイプの住宅の家賃は一か月二万九〇〇〇円であり、また、被控訴人が同五九年一〇月に公募した新築の第一種市営住宅(三DKタイプ)の賃料は一か月四万五〇〇〇円であつたこと、

4  控訴人は、昭和五一年四月一〇日、長男の訴外荒木勲と共同して、海老名市今泉五丁目五番一〇所在宅地(一六六・三九平方メートル)及び同地上の木造二階建建物(床面積六四・五八平方メートル)を代金一七四二万円で購入し、控訴人の同土地、建物に対する共有持分が三分の一であること、右勲は、妻及び幼児三人(合計五人)と共に右建物に居住しているが、同建物は、台所、和室二間(各六畳)及び洋間一室から成り、同人は建増しを計画していること、

5  控訴人が昭和三〇年一〇月に本件住宅に入居した際、被控訴人の職員から同住宅が将来払下げられることもあり得る旨の説明を受けた上、その後、他の市営住宅の一部が入居者に払下げられたこともあつたことから、控訴人も本件住宅を廉価で払下げを受けることを期待し、被控訴人との右明渡しの話合いにおいても、同住宅の払下げを主張し、これが明渡しを拒否していること、

6  被控訴人としても、現在において、低額所得者のために低廉な賃料で賃貸する市営住宅の整備拡充が急務であるところ、本件住宅は昭和二九年度に建築された木造住宅四六棟のうちの一棟であるが、右住宅はいずれも狭隘な一戸建住宅であつて、二〇年の耐用年限(政令七条)を経過しているので、同住宅を全部解体し、同敷地を利用し、同地上に耐火構造等の共同住宅を建設して住環境を整備したうえ、より多くの低額所得者を入居させる計画をしているが、控訴人の本件住宅の明渡し拒否等のために、右計画の実現も遅れていること、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人は、高齢ではあるが、高額収入基準を超える高額所得者であつて転居先の確保も容易であるうえ、本件住宅につき、被控訴人との間にこれが払下げについての確約も存しないにもかかわらず、長年低廉な賃料で居住を続けて来たことから本件住宅に愛着を持ち、更に、本件住宅を廉価で払下げを受けることを期待してその明渡しを拒否し、かかる事情が本件住宅等を建替えて、法及び条例に基づく低額所得者のための市営住宅の整備拡充することの障害の一つとなつているものと認めるのが相当である。

法は、公営住宅の入居者に対する払下げにつき、事業主体が、「耐用年限の四分の一を経過した公営住宅を引き続き管理することが災害その他の事由により不適当となり、かつ、その敷地を公営住宅の敷地として保有する必要がない場合において、当該住宅の維持保全上適当であると認められるときは、当該住宅(その敷地を含む)を建設大臣が定める方法で算出した複成価格(敷地についてはその時価)を基準として事業主体が定める価格で入居者らに譲渡することができる」旨定めており(二四条、政令七条)、しかも、この場合の入居者とは住宅に困窮する低額所得者が対象である(一条)から、前記認定事実に照らせば、本件住宅が入居者に払下げられる公営住宅に該当しないのみならず、高額所得者である控訴人が右払下げの対象者に該当しないことも明らかである。仮に、控訴人が高齢であり、長年本件住宅に居住していたからといつて、控訴人に引き続き本件住宅に居住することを認め、あるいは、これが払下げを認めるとすれば、一旦低額所得者として公営住宅に居住した者は、その者が高額所得者になつた場合においても、これとは関わりなく、いつまでも低廉な賃料で居住を続け、あるいは、これが払下げを受けられることになるが、公営住宅は本来入居者一人のための住宅ではなく、そのようなことは住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することにより、国民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とした法の趣旨に反することも明らかである。

そうすると、控訴人の高齢であることを考慮しても、被控訴人の控訴人に対する本件住宅の明渡しを許さないものと認めるに足りる特段の事情があるものとまではいい難く、控訴人の前記主張は採用することができない。

六1  控訴人は市長の承認を得て本件建物を増築した(条例二三条一項ただし書)ことは当事者間に争いがないところ、控訴人は、昭和五七年九月三〇日限り本件住宅の使用権原を失うに至つたことは前記認定のとおりであるから、被控訴人に対し、条例三〇条(1)の規定に基づいて本件建物を収去し、本件住宅を明け渡さなければならないものといわざるを得ない。

2  更に、条例は、当該市営住宅の明渡しの請求を受けた高額所得者は、「市長が定めた期限後に当該市営住宅を明け渡したときは、当該期限として定められた日の翌日から当該市営住宅を明け渡した日までの使用料相当額の損害賠償金を支払わなければならない。」と定めている(二六条の二第四項)ところ、控訴人の本件住宅の賃料は一か月七八〇〇円(割増賃料一八〇〇円を含む)であつたことは前記認定のとおりであるが、前掲甲第一ないし第三号証によれば、本件住宅の賃料の額は、昭和五八年一〇月二五日付規則の一部を改正する規則により、同五八年一二月一日から一か月一万円と改定され、更に、割増賃料の額も同五八年六月一五日付条例の一部を改正する条例(政令六条の二第二項)により、同五八年一二月一日から、収入の月額が一七万八〇〇〇円を超える場合には、右賃料の額に〇・四を乗じて得た額と改定されたことが認められる。

そうすると、控訴人は被控訴人に対し、昭和五七年一〇月一日から同五八年一一月三〇日までは一か月七八〇〇円、同年一二月一日から本件住宅明渡し済みまで一か月一万四〇〇〇円の割合による賃料相当額の損害金を支払う義務がある。

七よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古館清吾 裁判官橋本昇二 裁判官足立謙三は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官古館清吾)

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